対談の最後は、牧師の安藤肇さんです。侵略戦争への加担と正面から向き合ってこられた安藤さんの強さに感激しました。ぜひ、お読みください。
(ホームページでも、直接見ることができます。http://t-tanigawa.jp/policy/p_taidan03.htm)
日本共産党の谷川智行参院比例候補は、日本基督教団牧師で千葉県船橋市在住の安藤肇さんと対談しました。戦前の軍国主義時代に思想・信仰が弾圧された歴史から何をくみとるのか、憲法を守ることがなぜ大切なのか語り合いました。
安藤「いかなる思想弾圧もいけない」
谷川「戦争加担の事実見つめる勇気」
谷川 よろしくお願いします。安藤さんは、戦前の日本のキリスト者たちが侵略戦争に加担した事実を勇気をもって見つめることが大切だと説かれていますね。
安藤 敗戦のとき、私は神学校の二年生でした。それまで絶対と思っていたものが全部崩れていく中でいくつかの思想が出てきました。マルキシズムも尊敬の念をもたれました。十八年間獄中で、侵略戦争に抵抗していた共産党員がいたことは、衝撃的でした。もう一つはキリスト教。日本を平和と民主主義の国にするためには、アメリカンデモクラシーの根本にあるキリスト教の精神が必要ではないかと。もう一つは実存哲学。西田哲学の全集が出るとき、岩波書店の前で夜中から並んで発売を待った時代です。
谷川 当時の若者は、これからどう生きるか、哲学にそのこたえを求めたんですね。
安藤 神学校を卒業した一九五〇年に朝鮮戦争が始まり、レッドパージが行われました。思想の自由を擁護しなければいけないと考え、弾圧される側を理解しようと「赤旗」を購読しました。
谷川 それはどういうことからですか。
安藤 日本のキリスト者は、昭和の初めには、人権の自由と平等、民族間の機会均等、不戦条約の促進とか世界平和ということをまだ言っていました。しかし十年たつと、「日支事変」賛成に変わりました。
この十年に何があったか。共産主義にたいする弾圧です。私たちキリスト者は、共産主義とは思想を異にするけれども、いかなる思想弾圧もいけないと言うべきではなかったか。しかし、そういう態度をとらなかった。軍部には表向き従うが内心は違うと思っていたのに、戦争が終わって、もう自由だと言われてもなかなか実感できなくなっていた。礼拝の前に皇居の方向を拝む宮城遥拝(きゅうじょうようはい)をしていた教会がいつそれをやめたかを調べてみると、九月ぐらいでやめているところが多いですね。十月でやめた教会もあります。そのことにもあらわれています。
谷川 軍国主義によってだんだん心の奥まで侵されていったのですね。戦争に加担した事実に言及することは、大変な勇気がいったのではないですか。
安藤 そうですね、敗戦間もないころ牧師の集まりで教会が戦争中に「米英撃滅」を掲げた責任についてふれると白眼視されました。昨今の改憲の動きには、危機感をもちます。戦争も最初のうちはみんな無関心でした。
谷川 安倍首相は繰り返し九条をかえるといっていますが、そんな勝手なことをさせる訳にはいきません。九条守ろうの一致点でより多くの方と協力していきたいと思っています。
安藤 命が一番大切ですから、医療の現場から政治の場に立っていただくのは大切なことです。
谷川 はい、千葉県でも、山武地域の医療が大変な危機を迎えています。地域医療を守ることをはじめ深刻な医療問題にとりくんでいきたいと思っています。
安藤 国の政策として、国民が安心して生活できる医療体制が必要ですね。ご活躍いただきたいと思います。
【安藤肇(あんどう・はじめ)プロフィール】
一九二六年東京都生まれ。五〇年日本基督教神学専門学校卒。石動(いするぎ)教会(富山県)、長崎平和記念教会、保田教会(千葉県)の牧師を歴任。六六年船橋市に高根台伝道所(現新津田沼教会)を開設、二〇〇二年まで開拓伝道に従事。著書に『深き淵より―キリスト教の戦争経験―』(キリスト新聞社)、『摂理としての敗戦』(同)、『あるキリスト者の戦争体験』(日本YMCA同盟出版部)
「しんぶん赤旗」2007年3月11日南関東版掲
最近のコメント